第45回:生活保護不正受給の問題
掲載日:2014年2月26日
執筆者:株式会社スクウェイブ
代表取締役社長
黒須 豊
今日は、社会保障の話をしてみたい。問題は多岐に渡り、解決策も一様でないことは論じるまでもないだろう。今回は、最近巷で話題に挙がることが多い生活保護不正受給のニュースから、まず実例を以下に示す。
クラブ経営で1億円超収入も「無職」と申請 生活保護不正受給の夫婦を逮捕 警視庁
2014.2.8 08:16 (MSN 産経ニュース)
要旨抜粋:
東京都足立区在住の女が韓国人クラブを実質的に経営して1億円超の売り上げがありながら、無職を装って生活保護費数百万円不正受給の疑いで、警視庁は7日夜、詐欺容疑で韓国人の妻と日本人の夫を逮捕した。夫妻は別居を続けており、組対1課は生活保護費を受給するための偽装結婚だった可能性もあるとみて実態解明を進める。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/140208/crm14020808160000-n1.htm
ニュースによれば、この韓国人経営者は、ポルシェに乗って出勤していたという報道であり、もっと早く何とかならないのかと憤慨する気分になるのがごく一般の国民感情だと思う。ところで、不正受給は実際に増えているのだろうか。あるいは、一部マスコミが流布するように、単に生活が苦しくなった人が増えたので、その分、不正を働く人が目立つようになっただけなのだろうか。
確かに、実際に報道されるのは、今回のような悪質なケースだけで、不正金額が小さい場合等、些細な問題はきっと報道などされることもないはずだ。実態としてどうなっているのだろうか。
実は、足立区では、予てから不正受給の問題には取り組んでおり、ホームページには、「生活保護の不正受給が後を絶ちません」(更新日:2013年9月2日)というページが掲載されている。この内容によれば、ケースワーカーの調査には限界があり、国から許される範囲で就労事実を把握する困難さを嘆いている。
http://www.city.adachi.tokyo.jp/hisho/ku/kucho/mainichi-20130902.html
足立区は今回の事件だけでなく、予てから不正受給の問題に頭を悩ませているということが伺える。そして、朝日新聞デジタル(2013年3月11日22時48分)によれば、厚労省の発表として、生活保護不正受給は過去最高を記録し、不正受給が生活保護費の総額に占める割合が前年度比で上昇している。
http://www.asahi.com/business/update/0311/TKY201303110496.html
どうやら、現実的に不正受給は増えていることは間違いないようだ。しかし、リーマンショックがあり、本当に生活に困っている人が増えれば、不正受給件数も増えるのは当然で、比率は大して変わっていないのではないかという疑問も残る。実際、そのような論調のマスコミが多い。ところで、上記朝日新聞デジタル内の掲載グラフは、はっきり言って酷いグラフだ。「生活保護受給者」の“数”と「不正受給」“額”を異なる単位の軸で重ねて1つのグラフにしたものであり、一見して意味不明、もしくは、大変な誤解を招くだろう。
MITにおいて、Arnold Barnett教授(航空機の安全性に関する統計研究で著名)の統計学を公式に学んだ者として言わせてもらえば、このグラフは明らかに落第点である。額の場合、本当は不正受給している人は仮に減っていたとしても、たまたま巨額な不正受給事件が少数発覚すれば、生活保護受給者数の伸びに応じて、その分、不正も増加したのだという説明ができてしまう。逆に、本当は不正受給件数が増加していても、たまたま、過去に比べて1件あたりの平均不正受給額が小さい場合、あたかも、不正受給という犯罪件数が減少しているような誤解を与えることになってしまう。
生活保護受給者の数と比較するなら、本来なら、まずは、不正受給件数自体と比較すべきだろう。額と比較も無意味ではないが、まずは、件数自体と比較してからにすべきだ。報道機関なら、比較がApple to Appleになるように最善を尽くしてもらいたいものである。
大元の情報源である厚労省のホームページを概観したところ、各種調査がバラバラに行われており、生活保護受給者の調査と不正受給件数の調査対象期間が必ずしも一致していない(詳細の情報が別途あるのかも知れないがホームページを訪問して一見して不明である)。さらに、対象が人数であったり、件数であったり、額であったり、必ずしも整理されていない。マスコミの報道も、そのあたりは厳密には触れずに、ある意味適当に値をグラフ化したものが多い。結果的に、上記朝日デジタルのグラフのような恣意的な誘導と言われても仕方のない報道がまかり通るのだろう。
可視化を旨として事業を展開するスクウェイブ代表者としては、なるべく公平な比較結果を知りたいものである。そこで、取得可能なもので、比較対象を同一期間(2003年~2009年)としたうえで、生活保護受給者の人数と不正受給件数のデータを比較してみることにした。厳密に言えば、不正受給件数はあくまで件数であって人数ではないが、額と比較するよりは、遥かにましだ。以下が、厚労省公開データに基づいて私が作成したグラフである(ページ一番下を参照)。
数値桁数が全く異なるので、無理やり1枚のグラフにはせずに、敢えて2枚に分けて表示しているが、むしろ、わかり易いのではないだろうか。不正受給件数が生活保護受給者数の伸びよりも大きいことは明らかだ。
我々の血税を貪る不正受給は撲滅すべきだ。この点に異論を唱える者はいないはずだ。ところが、どうも、「不正受給を撲滅すべきだ」という主張に対して、何故か短絡的に、「生活保護を必要とする者たちを圧迫するな」という、およそ見当違いな論陣を張るマスコミが多いと感じるのは私だけだろうか。
言うまでも無く、本当に最後のセーフティーネットとして生活保護を必要とする者を見殺しにするようなことは避けなければならない。ただし、不正受給を撲滅することと、本当に必要な人に生活保護を与えることは、そもそも、全く矛盾しない。何故か、マスコミの一部が、あたかも両者が逆相関の関係にあるかのごとき風説をながそうとしているのか、本当に理解に苦しむ。
本当に生活保護を必要とする人に必要十分な受給を実現するためにも、無駄な不正受給はストップして、その原資を生み出すべきなのである。
なお、マスコミに登場するタレントの意見などで個人的に少し呆れてしまう発言として、「それくらい、国がお金を出すべきだ」とか「国の義務だ」などの他人事的な発言がある。この人たちにとって、国とは何なのだろうか? 独裁国家ならいざ知らず、国民主権の日本において、国の意思は最終的に国民の意思の総合であることは論じるまでもない。国が出すべきお金とは元は国民一人一人の税金である。
国が金を出すべきだという時の“国”とは、その一部が自分自身であることを理解していないのではないだろうか。このような人は、都合よく自分と国を完全に切り離して考え過ぎている。それは、現在の政府が嫌いとか好きとかいう話とは全く次元が違う話である。どんな政党がを担うことになろうが、国民主権の日本において、国の成す行為の責務の一端は、確実の国民一人一人に帰するのであって、都合よく自分だけ国から切り離すことはできないのである。
さて、話が少し大きくなりすぎたが、ITマネジメントの話を最後に述べたい。良く、うちの会社のIT部門が金を持つべきだとか、もっとIT部門が面倒みるべきだというような意見に悩むIT責任者の方も多いだろう。是非、オーナシップ制を前提としたチャージバックを導入し、常にITに依存した業務を遂行しておきながら、都合良くITと自分たちと分離して考えて、不満や要求だけを繰り返す身勝手な現場部門の人たちに反省して頂こうではないか。