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コラム

企業の情報システム部門におけるITコストは,

どのくらいが妥当なのでしょうか?

「売上高の1%が目安」といった話を聞くことはありますが,明確な根拠があるわけではありません。ITコストの妥当性を巡る議論は,以前から繰り返されている難しい課題なのです。こうした不透明さが一因となって,多くの経営者は「ITコストを削減したい。削減できるに違いない」という願望を抱え続けています。問題なのは,この願望が往々にして「ITコストを全体で15%削減しろ」といった単純な命令につながりやすい点です。「15%」という数字が十分に吟味されたものならいいのですが,大抵は経営者が鉛筆を舐めながら決めた数字にすぎません。本来コスト削減は,投資効率が悪い領域を特定し,それを改善するという前提で実現すべきものであるはずです。それなのに,実際に多くの企業で常識を無視した命令が下されています。なぜITコスト削減策が,このようなやみくもな施策になってしまうのでしょうか。

 それは,ITコストの妥当性について,実態が全く可視化されていないからです。

【IT投資効果を正しく評価する上で、ITコストの有効性と効率性を分離して考えるべき】

 ITコストの妥当性を可視化することは,限られたIT予算を最も有効に使うために,情報システム部門が取り組むべき急務です。ですが,それを考える際に,まず知っておかなくてはならない概念があります。ITコストにおける「有効性」と「効率性」の違いです。両者を混同すると,対応を誤る危険があります。

 ITコストの有効性とは,「ITが目的に合致した効果をどの程度実現しているか」を示しています。一方の効率性は,「目的を達成するうえで,ITコストを必要以上にかけすぎていないかどうか」を問うことです。ITコストの妥当性を判断する際には,これら2つを混同せず,きちんと切り離して考える必要があります。

 本来,ITコストの有効性と効率性の両面を分析すべきですが,ここでは「効率性」に注目して話を進めます。理由は2つあります。1つは,ITコストの有効性を議論するにはITコストの目的を定義しなければなりませんが,それは企業ごとに大きく異なるからです。そしてもう1つの理由は,まず効率性に目を向けた方がITコストの実態や妥当性を把握しやすいからです。

 

【適切なIT投資評価を行うためには、IT業務ごとの効率性を調べないと破綻を招く】

 「効率性」は,ITコストの適正水準を考えるうえで最も重要な要素の1つと言えます。ITコストには,情報システムの開発,保守,運用など複数の業務を遂行するためのコストが含まれます。前述したように,これら全業務に対してITコストを一律に削減してしまうと,非常に優れた効率性を実現できている業務まで,不必要に予算を削減してしまう可能性が高いのです。これは,結果的に業務効率を悪化させ,ひいてはシステム自体の有効性を著しく低下させかねません。

 簡単な例で考えてみましょう。あるシステムの保守作業を5人の担当者が分担しているとして,担当者1人分の人件費を削減したとします。その場合,システムの有効性を維持しようと考えるなら,残りの4人が,従来担当していなかった保守作業まで受け持つ必要があります。

 不慣れであれば,専任の担当者がいる場合よりも作業効率は落ちます。さらに,1人当たりの作業が増えることで,これまでそれぞれが担当していた分の作業効率にまで影響を与える恐れもあるのです。その結果,システム自体の有効性を損ねる可能性があります。こんなコスト削減策は妥当ではありません。

 似たような話はいくつも存在します。ある企業では,ITコストを削減した結果,システムに不具合が発生してダウンしたにもかかわらず,改修費用を捻出できない状態に陥ってしまいました。別の企業でも,運用業務のITコストを大幅に削減したために,事実上,システムを意図的に停止せざるを得なくなってしまいました。

 このような事態を避けるためにも,企業はITコストの効率が悪い部分を見つけ出して,手を打たなければなりません。やみくもに「ITコストを削減せよ」といった指示を出す経営者やCIO(最高情報責任者)は,「ITコストの妥当性など全く考えていません」と宣言しているに等しいのです。これは,経営者やCIO,そして情報システム部門の“恥”と心得るべきです。

【IT投資効果を可視化する第一歩は、ベンチマークでITコスト効率の良し悪しを見極めること】

 さらに,本当の意味でITコストの妥当性を可視化するには,もう1つ大きな問題をクリアしなくてはなりません。それは,自社の業務効率の実態とITコストを把握しても,その良し悪しは自社内の相対的な分析にすぎない点です。

 つまり,あるIT業務における効率がほかのIT業務よりも優れていると判断しても,それは自社内の異なる業務間における比較にすぎません。「競合他社と比べてどうか」「国内企業の平均との比較はどうなのか」までは分からないのです。

 あるIT業務のコストを10%削減しても,国内企業の平均よりも高いコストのままであるならば,ITコストを最適化したとは言えません。そもそも,他社よりもいくら高いのか安いのか,自社のITコストの水準がどの程度に位置するのかを客観的に調べる手だてが必要なのです。

 ここで言う妥当性の可視化とは,「自社内のITコストを客観的な指標で捉え,その良し悪しを経営者が判断できる状態にすること」です。そのためには,他企業と業務パフォーマンスなどを比較するベンチマーク調査(ベンチマーキング)で分析するのが一番確実なのです。そのうえで,自社のITコストを削減し,最適化することが望ましいでしょう。

 当社では,ITコストの適正水準を導き出すために,「SLR(サービス・レベル・レイティング)」というベンチマーク調査を実施しています。2003年に暫定版のフレームワークを用い,社名非公開の数十社に対して試行。2004年からは参加企業の社名を公開し,本格的にサービスを開始しました。

 毎年,参加企業各社のデータを集め,ベンチマークを更新しています。現在の参加企業/団体は,各業界の大手企業や情報システム子会社,さらに地方公共団体など,70を数えます。

 

【IT投資マネジメントに効果的なコスト比較には,IT業務の「実施レベル」が重要】

SLRでは,情報システム部門の業務を「業務領域」と呼ぶ単位に分け,それぞれの業務領域におけるITコストやIT業務に関するデータを収集しています。ITコストは重要な数字ですが,それよりも注目すべきなのは,IT業務の実施レベル(IT業務をどれだけ的確に,高いレベルで実施しているかを,5段階で示すもの)です。

 ある企業のITコストが相場より高くても,非常にしっかりした業務を行っているなら納得感があります。その一方で,ITコストが平均的であったとしても,低レベルのIT業務しか実施していないならコスト高と言えるでしょう。意味のある公平な比較・分析をするには,同程度の業務レベルにある企業のコストを比べることが肝心なのです。

【理想的なIT投資マネジメント実施のための最初のゴールは、「コスト・ドライバー」を見極めること】

 このようなITコストと業務レベルの両方を比較・分析することの最終的な狙いは,「コスト・ドライバー」を明確にする点にあります。コスト・ドライバーとは,ITの業務のやり方を調整することで,効果的にコストを調整(通常は削減)することが可能な業務を指します。

 システム保守の業務領域を例にとってみましょう。運用フェーズでソフトウエアのリリース管理などを行う「変更管理」は,SLRの分析結果から,コスト・ドライバーである可能性が高いとみられています。変更管理の業務レベルが高いか低いかによって,ITコストに大きな影響を与えることが分かってきたのです。一方,同じ保守領域の業務でも,「ドキュメント整備」の業務レベルは,一般にコストへの影響が大きいと思われているようですが,実際にはITコストへの影響が小さいという分析結果となっています。

 つまり,保守業務領域においてコストを効果的に削減したい場合は,ドキュメントの整備にかける工数を削減しようと考えるよりも,変更管理業務に焦点を当てるべきなのです。

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